こんにちは峯久です。
さて、今回ですが、『移住を決断した本当の理由』でございますが、
結論を言う前に、「え!?」とリアクションされるのですが事実でございます。
ずばり。
『リーマンショック』と『豚インフルエンザ』でした。
私は20代の後半、金融にかかわる情報通信社を元上司が立ち上げ、
そこのスタートアップメンバーとしてお声がけいただき働いておりました。
主には為替、いわゆるFXの業界となるのですが、
銀行や証券会社、FX専業業者、商品先物取引業社などの、
個人トレーダー向けの取引システムにニュースを流し込む
プラグインのようなものを作っている会社でした。
そこで、金融マーケットに係る記者や、システムの営業をしておりました。
2006年に起業に加わり、その会社は今にして思えばすごいベンチャーでした。
元財務次官の方が特別顧問としていたり、
社外取締役には大下英治氏の小説
「東京外為市場25時・伝説のディーラー」に、登場している方がいたり、
起業後、同社の代表が国会議員になったり、
と、まぁそんな関係で私も小沢一郎政治塾に入塾するわけですが、
そんなことで、20代で世界金融や政治というものを見る視点を叩き込まれました。
そして、立ち上げ間もなくして、2006年から2008年。
ベアスターンズの破綻からはじまり、リーマンショックと続くわけでございます。
世間的には「金融市場は生きている」と言われていますが、
「ひょっとして、国家予算規模の資金があれば市場は動かせるのではなかろうか?」
という、いわば金融市場に対する疑問を持ち始めました。
続いて、2009年の「豚インフルエンザ」です。
前述のような、金融市場とにらめっこをしている会社でございます。
会社では常に海外ニュースがテレビで流れておりました。
私がはじめて「パンデミック」という言葉を聞いたのもこの時かもしれません。
陰謀論と言われてしまいがちですが、
この当時、クラスター爆弾に対する批判が高まっておりました。
そもそも私は、戦争というのは「ウォービジネス」だと思っていました。
そんな折にテレビからは「パンデミック・パンデミック」という声が聞こえます。
そしてそこで注目を浴びたのが「タミフル」でした。
その数年前には中国・香港などで「SARS」があり、
続いて「豚インフルエンザ」、そしてタミフルの企業の株価の暴騰。
私は将来的に「ウォービジネス」から「ウィルスビジネス」に変わると思いました。
また、当時は中国系企業などが奥山を買い、水源を狙っている。
などという話もあり、「山を守らなければ!!」という意識が重なり、
都内は危なくなる、地方移住して林業だ!!
そんなことが地方移住のきっかけでした。
ウソのようなホントの話。
移住のきっかけというものは人それぞれ、
なんか直感的なものがあると思いますね。